全てフィクション・私の妄想・虚言です

大叔母がそこのOGで、偏差値もちょうどよく、制服と校風が母親好みであったこと、受験前の面談でものちに私の担当となる先生がとても親切であったことから、受験と入学が決まった。丘の上にある学校で、坂が夏になると妙に辛かった。

女子校だった。

 

春、まだ顔と名前が3分の2ほども一致しない中でのホームルーム、教室の中にあるオルガンについての話が担任からあった。

「じゃあ1人ずつ讃美歌を弾いていきましょう」

そこで、「あのう、私、ピアノ弾けないんですけど」と手を挙げたのが、私だけだった。

えらいところに来た、とローティーンながらに思った。あとでまだ他人行儀のクラスメートたちに聞いたところ、全員がピアノとバレエのどちらかもしくはその両方の経験者で、私はどちらもやったことがなかった。私だけ。まじかよ。まじで?え?バイオリン弾けんの?へえ…。

しかし私だけが免除となると、なんというか、特別扱いの変な感じになるので、先生は「何か弾いてみたら」と簡単に言い、2週間後ぐらいに私の番が回ってきた。私の隣に、一番上手な女の子が座った。あとで知ったが、この子はコンクールの常連だった。音符は読めた。片手で簡単な方のメロディを私が弾いて、その子が伴奏を弾いた。ゆっくりとした曲だった。なんだったかな、忘れた。音符を追うので必死だったから。みんなが必死をこいている私とゆったりと指を動かすアスカちゃん(のちにアスと呼んだ)に合わせて歌った。短い曲で、すぐ終わった。私は終わった後もまだ心臓をまだばくばくさせていて、お話(聖書に即した何かしらの説法)が始まりそうになっているのにまだ緊張していた。「すごいね、やったことないのに」というアスカちゃんと、何も言わなかったクラスメートたちと、大袈裟に嬉しそうにオッホホ〜と拍手して「仲良くなったなあ」と言う、担任の先生に救われた。彼女の両親が離婚したのは3年後だった。グランドピアノが置けないところに引っ越した。苗字はそのままだったが、パパと離れたと言っていた。「お茶会どこでしたらいいのかわかんない」と彼女は舌打ちをしていた。音楽の授業も合唱祭も彼女のピアノは美しかった。彼女は両膝を各左右に向けて、どっかりと椅子に座って授業を受けた。一度ガムを噛んでいるのがバレて詰め寄られたが、黙殺を20分貫いて教師の側が諦めた。黙る、ということの威力を教えてくれたのはこの子だ。黙ると相手は何も言えない。諦めたほうが負けるのだ。何事も。

彼女は生理痛がひどかったので、イブの錠剤が入ったポーチが2メートル放物線を描いて彼女のもとに飛んだ。

男の目がないのはとても楽だった。誰も足を閉じなかった。重い荷物を男に持たせる文化は大学で知った。率先して持ってドン引きされたという愚痴をお互いにやった18才の春。近くの男子校や予備校で知り合った男の子に持たせるのは段ボールじゃなくてテキストとお菓子がたくさん入ったファミリアのレッスンバッグ、それを恥ずかしがらせるのが良かった。男の子たちも恥ずかしいと文句を言いながらも、それを言うことに対しての価値をわかっていた。うちの恋人もそうで、革のバッグは私が重たいと言っても全然持ってくれないのに、サブバッグとしてこれを取り出せば「持とうか」と言う。現金な奴である。

みんなぎゃあぎゃあと大きな声を出した。声がよく通った。お嬢様学校と呼ばれてはいたがお嬢様の代わりにいたのははすっぱな女ばかりだった。男に測られずに済んだ女たちはみんな自由だった。アスちゃんにイブの錠剤をよく渡していたアイちゃんは、隣のクラスからやってくるとき、ドアを勢いよく開けて「地球を回しにきた」ととても可愛い声で怒鳴った。仲の良い子たち全員でアイちゃんの名前を叫んだ。それが歓迎の合図だった。「4kg太ったんだけど」と朝一で叫ぶ子だった。3年後に美形の大学生を集めたサイトに載った。そこには「悩み事:彼氏より体重が重い」と書かれていた。ぶれない子だった。

 

容姿を気にする子ももちろんいた。クラスメート中のダイエット欲を刺激したのは韓国の血を引く女の子だった。名前もするんとしたスマートな半島の名前と、可憐な花の名前の日本語の名前を持っていた。脚が長くて、まっすぐで、いつも先端にいた。彼女のウエスト、ヒップ、太もも、ふくらはぎに誰もが憧れた。50m走は脚がもつれて倒れるんじゃないだろうかと思った。はにかむ顔が可愛くて、セレクトショップを経営するお母さんと仲良しで、iPhoneが発売された日に買ってきた。うさ耳のついたカバーをつけていた。冬はディオールのロゴが大胆に書かれたマフラーをつけてきた。体操着にはシャネルのロゴがかかとにある白いソックスを履いていた。たまにスニーカーを踏ん付けた時に見えるそのシャネルのロゴが可愛くて可愛くて、おしゃれで、私はキャッチボールでペアになったヒョンちゃんに「私もそれほしい」と言った。「釜山のシャネルだよ」とヒョンちゃんは笑った。「ママと買ったの。セリーヌの手帳も明洞で買った。変なお兄さんから買った」ってけらけら笑ってた。でもつけてる腕時計と巻いてたマフラーが本物だってみんな知ってた。その次の年に少女時代が旋風を巻き起こした。ヒョンちゃんみたいだなあとみんなで言ってた。いいなー韓国人、脚長い、って。正座しないからね、って言うヒョンちゃんが髪をかきあげる仕草が好きだった。きっとヒョンちゃんが片足を立てて座る姿はとても綺麗だろうと思う。苗字の関係で礼拝堂での席が隣だった。よくこそこそ話した。今画家と付き合ってるらしい。ヒョンちゃんらしい。スキニーデニムがよく似合った。彼女は音楽の自由発表でアコースティックギターを持ってきて、ボーイッシュな女の子と洋楽を弾き語った。

 

隣の席の女の子ってやっぱり仲良くなる。音楽の授業(休み時間ともいう)で高校3年生の時に隣だった女の子、この子の持ち物が好きだった。彼女は東京から来て、ここで6年暮らして、また東京に戻った。絶対ここに受かるんだあ、と言って、音楽の教科書の裏に志望大学の写真を貼っていた。ほぼ自習時間だったので、赤本をこそこそ2人で開いていた。「みやちゃんはどこに行きたいの」「私ねえ、なんちゃら大学」「そうなんだ!」って、3年生になってから初めて仲良くなって、嬉しかった。帰り道に1人で歩いてるのを見かけて、追いかけながら名前を呼んだけど全然無視されちゃって、うっブロークンハート、と思いながらも顔を覗き込んだら驚かれた日があった。ノイキャン機能が当時最新のイヤホンをしていた。させてもらったらまじで音質がよかった。これすごいねって言いながら一緒に電車に乗った。家が比較的他の子たちより近かった。お弁当を一緒に食べるタイプの子ではなかったけど、でもたまにそうやって帰るのが好きだった。音質のいいイヤホンとトミーヒルフィガーの赤と白と青の手袋、ファミリアのリュックサック。ベビーピンクが似合った。

いつも一緒に帰っていたのはハルとミキ。ハルとは途中から電車の乗り換えで道が分かれるけれど、何年もずっとずっと、卒業まで一緒に帰った。ハルは背丈が私とちょうど同じで、クラスもよくかぶった。長い髪をポニーテールにしていた。バレエをやっている、キリスト教由来の名前をもっていたミキは、この学校に通うために生まれてきたらしい。2人はバレエをやっていた。50キロ以上とかありえないよね、って話をよく3人でした。若かった。

 

ハルはクールだった。性格の見えにくい子で、メンタル的にタフだった。何事にも動じないで、かといって強気なところを見せるところでもなくて、凪いだ態度でずっといる子だった。高校の入学式には高い位置でツインテールにしていて、ちょっとだけ入ってきた外部生の女の子たちに「話しかけてくる」と言うので「ハルはちょっとやめたほうが」と言った。でも行った。いきなり前の席に座って足を組んで机に腕を置いてずずいと顔を近づけた。案の定あのフラットすぎる態度と表情といじめっ子みたいなツインテールフルコンボでかなりビビられていた。もちろん彼女はいい子だったから、すぐに誤解はとけるんだけど。ハルは媚びなかった。誰にも。今でもそう。現在丸の内でお金の仕事をしている。私ならパニックになりそうなことをやっている。ハルは「まあやればどうにかなるから」と平然と言う。失敗してもハルは動じない。意地悪を言われてもハルは顔に動揺を出さない。大学に落ちた時も、「浪人する」としゃんとして言った。淡々と全てをこなす子。でも冗談も好きだった。普通の女の子なのに、いつもバリアを張り巡らせることができる子だった。不思議なことに、性格が見えにくい。本当のハルはなかなかわからない。よく手を繋いでいた。腕もよく組んだ。後ろからハルが抱きついてきた時はよくあの馬の尻尾を触っていた。何回一緒に帰ったんだろう。忘れた。たぶん900回以上。

 

ミキは音楽学校を落ちた子だった。この子もとってもクールで冷えていた。ピンクとか、プードルとか、フリルとか、ラブリーで女の子らしいものが大好きだったけれど、でもスタンスはいつでもドライで、「痩せられないのは食べているから」「試験でいい点をとれないのは暗記を怠ったから」とまっすぐに言える子だった。ママの性格がよく似てた。パパが浮気してて、愛人がいるのだと、平然と言っていた。私のパパには無理な所業をやっていた。ミキは自分を愛してくれる人を彼氏にすると決めていた。本当にそうして、私たちの中で一番早く結婚した。ウェディングドレスは、やっぱり彼女の大好きなピンク色だった。聖書を入れてたティファニーの紙袋はよく流行ってた。パパかお兄ちゃんか彼氏からもらったものの紙袋が望ましいとされていて、彼女はちゃんとパパからのそれで持っていた。最上級。一番上。バレエをやっている子は強い子が多いと思う。全部ちゃんと取った。

 

 

早朝から美容院でキメてくる子がたくさんいた体育祭で、3人で同じ高さのポニーテールを教室で結った。ハルが持ってきたコテを教室のコンセントに繋いで巻いてもらった。おそろいのでかいリボンをつけた。(あの体育祭、リレーに出る子以外はほとんど誰も運動する気がなかった。勝敗には叫ぶし怒声を出すくせに一丁前に。)ずっとずっと仲が良かった。大学も、ハルは浪人したけれど同じところに行った。振袖の写真も一緒に撮った。どんどん感覚は開くようになったし、一時期彼氏の趣味とか大学でのやっていき方で不満を持って離れがちになったこともあったけど、今になってもやっぱりランチは行く。お酒も飲みに行く。髪の長さも服の趣味も全員似てたから、並んで歩くと三つ子みたいだって母親たちに言われていた。女子大生の頃はもう同じようには仲良くできない、と2人のことをとても嫌った時期があった。でも結局一緒にいる。恋人の職業が全員同じ。ここまでおそろいになると思わなかった。ミキの結婚式では、2人で振袖を着て受付をやった。この前、ミキの赤ちゃんを抱いた。生まれたばかりの男の子はふわふわしていて、柔らかかった。ハルは仕事が忙しくて来れなかった。なんでもとりあえず、一緒にやってきたけれど、もうこれからは道が分かれている。でも仲良くやっていくんだろうな、と思う。

 

いい友達が多くできたけど、もちろんそこに馴染めないでいる子もいた。彼女は地毛が栗色で、りすのような顔をしていて可愛かった。名前がリリコだった。モウリリリコ。ごく少数の外部からの編入生で、ちょっぴり浮いていた。彼女曰く馬鹿すぎてやばい女子校からの途中編入だった。数学が得意でいつも寝ているのに高得点を取った。なぜかアラビア語が好きでずっと内職でそれを勉強していた。習い事を始めたと言うので何なのか聞いてみたら「速読塾」と言われた。今どこにいるのかわからないけど、噂によるとどこか違う国にいるらしい。無事なのかわからないけれど、とりあえず彼女なら大丈夫だろうとなんとなく思う。リリコが「私の名前、あっちの人が呼ぶと、モウウィウィウィコになる」と言ったことで私は笑いを3時間引きずった。授業中何度も咳払いをして誤魔化した。リリコは行事を全部サボった。興味がないと言って。一番いい大学に行った。当たり前みたいに。卒業式の終わった後、学校のゴミ箱に聖書と讃美歌を捨てるのを見た。「あーやっとおさらば」と言った。リリコバチ当たるよ、って言ったら、「イスラム教の国に行くからどうでもいい」と言った。マジで行った。私が知ってるリリコの消息はここまでで、あとはわからない。リリコはくまのがっこうのジャッキーが好きだった。ペットボトルホルダーをプレゼントしたら「もう、ほんとにかわいい、かわいい、かわいい…」と頬擦りする子だった。おまえが可愛いわと思っていた。阪急がジャッキー号になったので、5年ぶりに連絡をLINEで送ってみた。写真付きで、「リリコの好きなジャッキーだよ」って送った。既読はまだつかない。でもいい。リリコだし。

 

最後に、マイちゃん。彼女とも同じ大学に通った。彼女は一番の遊び相手で、放課後に百貨店に一緒に行くのが一番楽しい子だった。きゃーきゃー言うのが好きで、ちょっとずるくて、運動神経がよくて、気のきつい子で、でもそこがよかった。ゴディバのショコリキサーを買って歩いた。フラペチーノはダサいと思っていた。みんなやってるから違うことをやりたかった。女子高生っぽい。正方形のプリクラ(ネコとヒョウが一番盛れたから、ずっと並んだ。)を2人で撮って、GODIVAって落書きした。学校の名前、日付、クラス、ミヤ、マイ、三宮、心斎橋、大丸、阪急めぐり、shopping、文化祭がんばる、受験生、絶対合格。マイちゃんはアクティブで、いつも私を「いこういこう」と引っ張ってくれていた。価値観とかいろいろが合ったから、マイちゃんは私のことを好いてくれていた。ありがたいと思っていた。ちょっぴりマイちゃんのほうが上だったと思っている。太もももマイちゃんのほうが細かったし、顔ももちろん彼女のほうが可愛くて、頭も良かった。スカートの丈と靴下のバランスが完璧だった。マイちゃんは何もかもが上手だった。だから男子校に長いこと続いてた彼氏がいた。そして、文化祭に一緒に行った。彼氏がいるから行こうと。

 

そしてその文化祭にいたのが、マイちゃんの彼氏の友達のヒロトくんだった。マイちゃんの彼氏は温厚で、にこにことしていて、マイちゃんのことが本当に好きなのがよくわかった。例によってファミリアの紺のバッグを持たせて、「みやちゃんと回ってくるから」って言うマイちゃんに困った顔をしてたけど、すっごく嬉しそうだった。冷やかされるのも自慢げだった。

ヒロトくんはドラムとギターのできる陸上部の男の子だった。ウエハラくんという男の子とずっと仲が良くて、マイちゃんと私とよく話した。

2人は目立っていた。クラスメートの中で、2人だけ髪型と制服の着方と背丈と空気が妙に違っていた。男子校あるある。学年で、いい意味で浮いてる男2人組が何故か絶対にいる。その2人だった。2人はよく学ラン姿で肩を組んでいて、にやにやしていた。軽音と陸上を掛け持ちしていて、同じ予備校に2人で通ってた。マイちゃんはもう仲良しだった。私も仲良くなった。2人は冗談が上手だった。見てってほしいと言われて見た演奏は格好良かった。ウエハラくんが腹を見せるとみんな笑った。ヒロトくんとウエハラくんは、食べ終わったマクドナルドのゴミと餃子の皿をアイコンにしていた。

ウエハラくんのおうちはケーキ屋さんだった。ある日青痣を顔に作ってきた。聞いたら父親に殴られたのだと言っていた。もともと仲が良くなくて、締め出されたから弟に布団一式を庭に落としてもらってそれで寝てやったとか、クソ親父と呼んでいたから、男の子だなあ…えげつな…って思いながら聞いていたら、最後の最後にその青タン顔で「俺の父親な、俺のこと殴った手で今日もケーキ作ってるわけ」とにやにやしながら言った。そういう男の子だった。汚い言葉をたくさん使いながら話す男の子だった。美人のお姉さんがいて、そのお姉さんがいかに自分をミスコンの時のチケットばらまきにこき使ったかを話してくれた。お金がなくなるたびに体験入店をしまくっているとか、SPIとかいうもので俺を1万円で買って代わりに受験させてくるとか、とりあえず姉はクソであり、女というものも総じてクソなのだ、と言っていた。でも私たちにはちゃんと優しかった。口は悪かった。

ヒロトくんはウエハラくんのことをラクと呼んでいた。ウエハラくんから派生したらしい。ラクはなー、ちゃんとしてっからなー、と言っていた。ヒロトくんはおしゃれな男の子だった。足が速くて、みんながヒロトくんのことが好きなのが文化祭に行っただけですぐわかった。彼は飄々としていて、もさもさした髪の毛にひどい垂れ目だった。睫毛がラクダみたいに長かった。ラクさんが何か言えば必ずノッた。踏み外し方がうまかった。彼は絶対に綱渡りから落ちないで、笑いを取って、なおかつ自分のテクニックを見せた。いたるところで。私はヒロトくんのようになりたいと思っていた。彼の誕生日、彼の家の庭で友人たちが制服の彼に向かってスーパーで買った安物のケーキを思い切り振りかぶって投げつける動画が上がった。3つも4つも、男の子の腕力で高速で生クリームがぶちあたって、ぎゃあぎゃあ言っていた。次の日から何ヶ月か、ヒロトくんのアイコンは生クリームまみれで舌を出して白目をひんむいた彼の写真になっていた。

受験生になってから、2人はずっと自習室にこもるようになった。予備校の、ある番号の席にずっといた。お互いに背を向け合って座っていた。夜遅くまでそこにいた。私はその背中を、どれだけかっこつけた時の彼らよりもかっこいいと思っていた。ヒロトくんは椅子に座りすぎて切れ痔になった。ウエハラくんはそれを私たちに会うたびに報告してきた。ウエハラくんの中指には大きなペンだこがあった。誰よりも遅くまで彼らはあの独房にいた。負けられないんだろうな、って思っていた。2人とも絶対負けちゃいけない人間だった。何にかはわかんないけど、とりあえず、そういう感じだった。負けたら終わるんだろうな、って思った。私たちも同じ状況だったけど、彼らのそれは段違いだったと思う。負けたら死ぬ子たちだった。脚が早くて、背が高くて、みんなに慕われて、文化祭じゃ喝采を浴びて、ウェーイとか言っちゃって、ちゃんと成績も良かった。だからこのままやり続けてセーフか、止まって死ぬか、どっちかだった。負けるわけがないってみんなが思ってたから、負けちゃいけないんだった。

スタバで話していたときに、2人の模試の結果に感心して見入って、「なんでもできるねえ」と心から褒めたら、ヒロトくんは「別に」と言った。またまた謙遜して、と笑っちゃったんだけど、そのあと、ヒロトくんは「できることがたまたま有利に働いてるだけだもん」と言った。「ボルトが200mで世界記録出すより、のび太が25m馬鹿にされながら走るほうがえらい」って言った。ウエハラくんは隣で顎を突き出して頷いていた。「ラッキーなだけ」というのが、彼らの意見だった。自分たちは何もしていないのだと言っていた。得意なことをやっているだけで、それは何もすごくなんかないんだって言っていた。その時の顔は、とっても素敵に見えた。

結論だけ言えば、2人とも、もちろん全部勝った。もちろん。もちろん。私含めて、みんなが思った通りに。受かったわ〜、って同じノリで言ってきた。あのちんたらした物の言い方。あーよかったよかった、って言い合っていた。私はやっぱり、この子たちみたいになりたいと思った。本当にかっこよかった。スマートだった。

ウエハラくんは雪国に行っちゃって、ヒロトくんは東京に行った。ウエハラくんは寮生活がいかにクソであるかをまたボロカスの語彙で語った。田舎の国立の理系なんていくもんじゃないとぼやいていた。姉はイケイケな企業で楽をしているのに俺ときたらこれですよ、という自虐をやっていた。ヒロトくんは某雑誌にスナップで載っているのを発見した。見たよ、ってLINEしたら、「適当な服着てただけなんだけどなんか歩いてたら撮られた」って返ってきた。ただの年頃の男の子だった。スピリタスを飲んでゲロ履いて倒れたりもしてた。でも確かにかっこよかった。(何年後かにその雑誌を本棚の隅から発見して恥ずかしくなって捨ててしまった。)

今でも彼らは走っている。いいところにいる。おしゃれなままでいる。大学ではどこぞの有名なサークルの幹部になっていた。彼らは今は夜中まで働いてる。お酒を浴びるほど飲むのが好き。いつもいつも高い服を買う。東京にいる。ハンサムだと思う。そのうち髭をはやしだす。

 

今の恋人と出会った時、出身校を聞いて、一目惚れした理由がわかった。体育祭で応援団をしたと彼が言うから、恋人には、そっちの学校では同学年で知り合いはいないと言ってある。私は文化祭で彼とすれ違っていたのかもしれない。わかんないけど。私はウエハラくんもヒロトくんも存在すら知らない状態であることにしている。彼のことを2人に話したら、おそらくコンマ秒で繋がるだろう。女だらけでやったネットワークの強さよりももっと、男同士のそれのほうが速度も強度もえげつないことを私はなんとなく知っている。2人のやりそうなこともなんとなくわかる。というかしなくても都合が悪すぎる。最悪なことになる気がする。だから黙っている。私が彼らに彼氏がいないと言っているのはそういうことであって、何もやましい思いはない。だって彼らには、大学時代から付き合っている可愛い女の子がいて、おそらくもうすぐ結婚する。全部全部彼らはこれからもやると思う。負けたら死ぬのだ。私と違って。負けるところは、想像がつかない。人生に勝ち負けはないなんて、そんなことは綺麗事だと、彼らを見ていると思ってしまう。勝ったところでどうなるのってもちろん思う。みんなそれぞれの道を今は行っている。でもあのときは、きちんと勝ち負けがあった。私たちは10代で、勝たなくちゃいけないと思っていた。彼らはまだ走っているんだろうか。走り続ける姿がかっこいいと思っていた。こういう視線があるから、走っていたんだろうなと、今になって思う。